もし天然パーマが宗教だったら

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私がMAXヒマな時によくやる、天然パーマがもし宗教になったらという妄想。聖人って一体誰がなるんだろう。仏教なら、シャーリプトラ(舎利弗)、モッガラーナ(目連)とか。キリスト教ならペトロやヤコブやヨハネにあたる人。天パ教なら一体誰が聖人に選ばれるのか?

呼んだかね?

Bach

違う、あんたじゃない。あんたそれ当時流行してたオシャレかつらだろう?ちょっとそれ取ってみろ!ええコラ!?

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……あら、なにちょっとイイ線いってるじゃなーい。で、でもなんかちょっとさらにアイロンで巻き込んでる感あるしぃ!手を加えた時点で天パじゃないんだからッ!

私の推しメンはこの人

Beethoven

ご存じ、Ludwig van Beethovenオシャレかつらが正装みたいなこの時代にあって、見よ!この潔い姿を!私はクラシック音楽家の中ではベートーベンが一番好きです。

当時はまさに宮廷音楽全盛期。そして彼の父も雇われの宮廷音楽家。でもクソ親だったようで、酒の飲み代欲しさに、当時一大ムーブメントを起こしていた神童、モーツァルトにインスパイアされてまだ幼かった彼に星一徹ばりのスパルタ英才教育を施します。

やっぱり彼自身もなんやかんやで父やバッハの影響を受けていたようですが、彼のすごい所はなんといってもそれをブチ壊して、全く新たなジャンルを開拓したことでしょう。その代表であり且つ彼の人生の最高傑作と名高いのがご存じ、年末に必ず流れる第九。ベートーベンはかなり長い間この第九の構想を持っていたようで、「ジャジャジャジャーン!」で有名な「運命」も似たような構成になっています。

しかも彼、このちょっと前に完全に聴力を失い、ドイツはハイリゲンシュタットという閑静な療養先で絶望のあまり遺書を書いています。(ハイリゲンシュタットの遺書)このときの絶望で生まれたのがピアノソナタ「悲愴」といわれています。

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読んでもマジでためにならないオチもない第九の解説

concert第九は四章構成になっており、

 

<第一楽章>
「運命」によく似た暗ぁ~い感じの、そりゃもう絶望の底から吹く風のような曲調。「運命」では「絶望」や「運命の魔力」が強い低音で表現されているのに対し、ここではなんかもっと身を切る感じの音で表現されています。八方ふさがりのテーマ。

 

<第二楽章>
はい、一回開き直ります。すごく楽しげなポップチューンです。絶賛絶望中でもそういう時ってありますよね。

 

<第三楽章>
神々しい世界です。楽園。やさしいそよ風の吹く、新緑の草原のような穏やかな曲調。……が、幸せなひとときもつかの間。呼び覚ますような強い音で世界は破られます。そうです、いよいよ運命との最終決戦がやってくるのです。

 

<第四楽章>
今までになく激しい雷のような音でいきなり始まります。これまでの楽章の象徴的な旋律が順番に顔を出しますが、どれも暗い運命の活路としてはそぐわない、と言わんばかりにレチタティーヴォ(なんか話声のような強い音)によって否定されます。まるで腕組をして気難しい顔でうーんうーんって自問自答しているベートーベンその人の姿が目に浮かぶようです。

そしてこれまでのすべての音が否定された後、静寂の中からあのおなじみの旋律が静かに誕生します。やがてその旋律はどんどんと壮大に、力強くなっていきます。まるで一人の勇者の声に民衆がどんどん結集していくように。

「さあ、これだ!」となった時、再度冒頭の雷の旋律が最強の激しさをもって鳴り響きます。さあ、運命と雌雄を決する時です。

一瞬の静寂の後、テノールの力強い声が響き渡ります。

おお友よ、このような音ではない!
我々はもっと心地よい
もっと歓喜に満ち溢れる歌を歌おうではないか

と。

するとコーラスが「そうだそうだ!」と続きます。そして見事これまでの旋律を歌いあげ、物語はクライマックスへ。最後はティンパニーの音乱れる中、歓喜を大爆発させる様な激しさをもって歯切れよく終わります。これ長いですけど第一楽章から聴いたら感動モノです。シビれます。

第九の初演の時、当時は作曲者が指揮をするのが通例でしたが、彼は耳が聞こえないので代理の指揮者の前に立って、オーケストラの方を見ていたそうです。そして、演奏が終わった後「なんか違うわ。失敗やなぁ……」と思ったのか、彼はそそくさと帰ろうとしたとか。それをアルト歌手の一人が止め、観客席の方を振り向かせました。するとそこには万席のスタンディングオベーションが起こっていて、それを見た彼は、何回かお辞儀をした後気絶したそうです。なんかドラマチックでステキな話ですよね。

先を行きすぎていた第九

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しかし、運命の皮肉なのか何なのか、ちょっと時代を先取りしすぎていたようで、肝心の第四楽章はそんなに評価されなかったとか。観客を熱狂の渦に巻き込んだのは第二楽章だったのです。

どこでやっても「第二楽章もう一回!」「アンコール!アンコール!(第二楽章)」みたいな調子で、本人は激しくご不満だったそうです。「違う!そこじゃねえ!!」ってな気分だったでしょうねぇ……。

Q.フルコースで一番美味しかったのは何ですか?
A.サラダです

お前もう絶対食わせねぇ、ですよね。

 

まあ、やることなすこと思うようにいかない愛すべき人だったというのは間違いなく、私は彼が好きです。他人の奥さんばっかし好きになるし。みなさんも今年の年末、第九を耳にしたらそんな哀れだけど愛すべき天パ聖人のことをちょっと思い出してみて下さい。