いつになったら日記を書けるのか

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僕は、母の教育方針で、幼い頃からこまめに日記をつけていました。別に毎日チェックされるというわけではなかったけれど、それでも毎日真面目につけていました。そんな僕が、大人になってブログなんてやっておきながら、肝心の日記を書けないというジレンマに陥っています。

日記とか燃やしちゃえよ

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あれは中学1年の時でした。たぶん全国的にそうだと思うんですが、中学校って毎日何がしかの短文の日記を提出させられるでしょう?

僕は、小学校3年生の時の誕生日プレゼントだった12年日誌とは別に、その学校に提出する連絡帳のパワーアップしたやつみたいな日記を、毎日休まずに書いていました。

恥ずかしいお話ですが、僕は当時めちゃくちゃグレていて、胸ポケットにはナイフを常備し、授業妨害とかそんなのを日常的にやる不良少年でした。でも、なんでか知らないけど日記だけは毎日提出するという、よくわからんタイプの不良でした。いや、その内容も

「今日は隣町の○○中学のイキったヤツらボッコボコにして瀬戸内海に沈めてやったぜ!」

「タバコ吸った!酒飲んだ!あーやめらんねぇぜ!!」

とか、そんな内容だったらまだキャラが立っていて話になるんですが、

「今日はウチの猫がけがをして帰って来ました。今までケンカとかしたことない子だったので心配です」

とかそんな内容だったもんだから、学校では幼馴染の不良の先輩と結構暴れまくっていたのに、なんか「あいつだけは」みたいなかんじで生温かく見守られていたみたいなんです。

そんなある日、僕はその先輩不良のUさんに「放課後××山に○○買って来い」って言われて、買い物を済ませて向かいました。

着くと先輩たちはなんか僕の知らない話で盛り上がっていて、退屈だった僕はカバンから日記を取り出して書き始めたのです。すると、

「おいおいJIN、お前軌跡(日記帳の名前)とか書いてんの?」

「まじダサいんだけど」

「燃やしちゃえよ」

一気に僕に注目が集まってしまったのです。「ダサい」という言葉に敏感だった僕は、慌ててカバンの中に仕舞って、なんとかその場を取り繕いました。

そうか、不良は日記なんかつけないんだ……

僕はその日から日記をつけなくなりました。

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髪を伸ばしまくっていた僕

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この当時、僕はあらゆるものに反抗していたので、当然、村唯一の床屋、田中理髪店にも反抗していました。

その結果、髪は伸びまくり、廊下で先生に会う度に注意されるレベルにまでなっており、親にも切れ切れ言われていました。

ある時、帰りの会が終わった直後くらいに、担任の先生が僕を呼び出しました。

「んだよメンドクセーなぁ……」

僕は敵意剥き出しに、その呼び出しに応じました。

「JIN、今日の16時、田中理髪店で予約だそうだ。行けよ?」

どうやら見かねた母が学校にまで根回しをしたようだったのです。

「まさか逃げないよな?」

「逃げる」という言葉にも敏感だった僕は、カチーンときて渋々田中理髪店に行きました。

「お前も男なら、軌跡で結果を報告しろ」

先生はこうも言っていました。散髪が終わった後、僕は部屋で仕方なしに軌跡に何か書こうとしました。

しかし、その日は体育の長距離走で疲れきっていて、すごく眠かったのです。それに、今までずっと反抗して書いていなかった軌跡を今更書くなんて、こっ恥ずかしい。僕は今にも飛びそうな意識の中で、とりあえず散髪に行ったってことだけ書けばいいやと、何かテキトーな文章をサラッと書いて、そのまま寝ました。

先生の温かい眼差し

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翌日の放課後、返って来た軌跡を見て僕は驚きました。いつも赤ペンで必ず返事をくれていたマメな先生が、赤いドットだけ残して何のコメントも書いていなかったのです。

「報告しろっつったのお前だろーがよ」

燃え上がった僕の反抗心は、すぐに別の炎に変わりました。そこには

「今日いきました。さんPに」

と書いてあったのです。

うっわ!なにこれ、倒置法まで使ってスゴイこと書いてんじゃん!!!

その日の放課後に、早速先生から呼び出しをくらい、

「男の夢だよなぁ……」

みたいなよくわからん語りをされたのは今ではいい思い出です。

そのトラウマから、僕は今でも日記を書けずにいます。