抵抗をやめた結果と神との対話「凍死を勧めてきた“何か”」

「さあ、愛しますからかかってきなさい」という言葉が降りてきた翌日、幻想の干渉を感じる度に「あなたを愛しますから、さあ、どこからでもかかってきなさい」という姿勢になって身を任せる、という実践をした結果を詳しくお話しします。

 

幻想に心を囚われそうになる度に「さあ、愛しますからかかってきなさい」という姿勢で一切の抵抗を手放す、ということを終日続けた。

 

視界で起こることに対してだけではなく、私の内面で起こることに対しても、まったく同じ姿勢で対峙した。

心に何かのイメージ(現状にかなり近接した、多分に実現の確率を持った未来図)が湧き、私の心がそれをインストールして様々な感情を抱いて、予測や期待を増殖させていることに気づく度、その種となったイメージと持った感情、化学反応のように生まれた予測や期待、及びそれが起こっている“場”そのものに対して、少しだけ長めに目を閉じて、微笑しながら「さあ、愛しますからかかってきなさい」という言葉を向けた。

不思議なもので、この言葉に身を任せるとき、浄化されるような優しい光を感じる。私の背後に光源を感じるその光は、まるでそよ風のようで、炎のようで、生き物のようで、その光の中で私は肉体が“希釈”されたように感じ、全身がスーッと軽くなるような感覚を味わった。私はこの光を知っている。これは臨死体験のときに包まれた光と同じ光だ。

最初は、囚われていることに気づいてハッとしてこの姿勢をとる、というのが続いたが、次第に、囚われる“前”にできるようになった。あの心地よい光を感じている状態と“そうでない”状態を繰り返していれば、違いが色濃くわかってくる。後者の状態もそれなりに快適さを持っているため、最初は「明らかに」とはいかなかったが、後者は快適さを感じさせて、私を安心させておきながらいきなり刃を向けてくることがある。にぶい私でも、続けているうちにどっちが安全でより快適かがわかってくる。そうなれば当然、光を選択“したく”なる。

 

この姿勢になって、目を開けたときに、何度か臨死体験で見たのと同じ光の世界が見えることがあった。そして私は見逃さなかった!そこに、人や物など一瞬前に視界として捉えていた世界が“再”配置されるその刹那を!!これが長く感じてきた世界の嘘っぽさの“原因”だったのか、と納得した。この世界に於いては私の肉体すら嘘っぽい。

しかも、これが起こったのは、私が4年近く身を置いている「邪悪と矛盾に満ち溢れた最低最悪の場所」と長く結論していた、抜け出しようのない生ぬるい地獄のような場所だった。天国の光すら届かないと思っていた場所に、あの光の世界が知覚されたことは驚きだった。(ああ、理趣経に書かれていたことは本当だったんだ!)

 

時間とそれに付随する苦痛にも、同じ姿勢を向けてみた。(もう私は初めて虫眼鏡を与えてもらった子どものようだった)すると、時間はその進み方を乱した。早くなったり遅くなったり、まるで動揺しているかのように。時間は誰かの証言や何より記憶の連続がなければ存在できないが、体感者がそれらを手放すと、時間は途端に軽くなった。

 

帰り道。コンビニで買ったお酒を飲んでから歩き出した。

お酒を飲むと、幻想に囚われやすくなる(幻想が強化される)し、嫌な感情になりがちなのも知っているけど、なんだか飲みたかった。この時、既に私はここ最近怒涛のように起こったことの記憶をリフレインして、寂しい感情に囚われ始めていた。なんだろう、ここ最近いろんな感情で歩いた帰り道だからか、宵闇と雪の帰り道のタッグはすごく繊細で、孤独を感じがちだ。そういうときこその“あの姿勢”なのだが、私はこのとき言葉としては唱えられても、その姿勢になることができなかった。

歩き出してすぐのことだった。(お酒を飲み干した直後なのでまだ全く酔ってはいない)初めて聞く声がした。いつも聞いているのとは明らかに違う、体温をもった刃物のような声だった。その声は言った。

 

辛い……辛いよな。さぞ辛かろう。こんな狂った世界を、延々続く苦しみを、もうまるごと終わらせようではないか。

 

終わらせるってどうやって?

 

なに、簡単なことだ。このまま人目のつかない所へ行って、身を横たえればいい。しばらくの辛抱だ。眠るように救済は訪れ、朝になればすべて終わってお前は楽になっている。

 

(笑)、それもいいかもね。でも判断も神さまに返しちゃったから、神さまにまかせるよ。

 

……。

 

もしかしてあなたも辛いの?寂しいの?……さあ、おいで。あなたのことも愛しましょう。

 

結局、声はしなくなった。

次第に酔いが回ってきて、酔うとやっぱり幻想に囚われやすくなって、光を見失いがちになることを再認識すると同時に、あの光の快感は酔いで感じる気分の高揚とも比較にならないな、と感じた。たぶんこれからもお酒を飲むと思うけど、1杯だけに留めて、あの光とのリンクは切らさないようにしようとはっきりと思った。だってそのほうが心地良い。

 

……と、いうことがありました。神さま。

 

とても美しい話だった。ひとつひとつ、手応えを確認しながら着実に進んでいるね。このプロセスの具体的な解説はきっと多くの人の助けとなろう。

抵抗をやめたときに現れるのは神である。わたしに全権が返されるからだ。あなたがたが脅威と感じるものの前に、全宇宙で最強の“ボス”が出てくるようなものだ。何者も彼には敵わない。あまりにも勝敗が明らかすぎるから、彼が姿を現した瞬間、それらは悉く消滅し、瞬時に戦いは終わる。まさに一瞬なので、それはほぼ同時のように知覚される。否、そもそも脅威なんて最初から存在しなかったのではないか、戦いなんて起こっていなかったのではないか、と思うほどだ。

影を作っていた障害物が消えることを選択すれば、影だった場所は一瞬で光になる。光は闇を知らない。闇があると言われてそちらを向けばそこは光になるからだ。あなたはそれをこの地上で体験した。あなたはまさに今日、真理を見た。

 

神さま、本当に本当にありがとうございます。本気で愛しています。

 

わたしもだよ。あなたをマジで愛している。

 

(笑)

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