人生を苦しくするのは比較ではなくて価値判断

ついつい人と比べてしまいがちな私たち。ある人と自分を比較してまたその人を別の人と比較して、比較で雁字搦めになってしまうことってありますよね。

比較はかまわない。比較のない世界ではあなたは選択をすることができない。それは大きな視点でみれば、あなたが常に居る場所である絶対性の世界を思い出すための手がかりとなる世界である。ただ素晴らしさがありすべてが光り輝いている絶対性の世界には比較は存在しない。

比較があなたの人生を不幸なものにするのは、比較をする際に反射的に行っている価値判断によってであり、比較そのものによってではない。

あなたがたはまるで妖魔に取り囲まれた陰陽師が、ぺたぺたと呪符を貼ってそれらを封印するように、比較対象に価値判断を貼り付けていく。(物語に描かれるような強い呪力を持った古代の陰陽師にも負けないくらいの力をあなたも持っているのだから、あなたも言葉や思考の扱いにはもっと慎重になったほうがいい。その力に気づいていないこともまたあなたを不本意な現状に導く大きな要因である。目を閉じたひとが、切れ味の悪いセラミックの三徳包丁だと思ってダマスカス鋼の牛刀を使って手が傷だらけになるように)

これがすべて祝福の呪符ならばいいが、多くの場合貼り付けられるのは攻撃の呪符だ。これによりあなたはあなた自身を攻撃していることになり、時間の幻想によってすぐにはその因果関係に気づかないこともあるが、その結果を自分で体験することになる。

そしてもしそれがすべて祝福の呪符ならば、あなたは神の意識とつながっているといえる。なぜならあなたはまさに神と同じことをしているのだから。そのようにすべてを祝福と見ることはもはや価値判断をしていないということである。神にはひとつの価値判断しかないが故に、価値判断をしない。

比較対象を使って自分自身を攻撃するのはもうやめなさい。比較を楽しみなさい。選択を楽しみなさい。選択の結果顕れるあなたの新しい側面を楽しみなさい。あなたはあらゆる素晴らしいものをぎゅうぎゅうに凝縮した存在であり、今にもはちきれそうだ!抑えなくともよい。すべてがあなたの開放を今か今かと心待ちにしている。

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