自己嫌悪を侮ってはいけない。それは大災害さえ引き起こす

「声」というよりはあたたかな光の概念として飛び込んできたメッセージです。何かあるとついつい自分を責めてしまう、そんな繊細な心を持つ、とても微笑ましい存在であるあなたに届いてほしいと思います。

 

自己嫌悪を侮ってはいけません。

自己嫌悪とは自分自身への嫌悪感、不信感、罪悪感などをごちゃまぜにしたものですが、あなたが「ただ」「自分で」「在る」ことに喜びを感じていないのであれば、あなたにも自己嫌悪の影があります。

 

あなたと他のひとたちは分離していません。すべてのひとは一体でありあなたの一部です。

よって他者への憎悪や怒りも自己嫌悪にあたります。あなたもよく知っているとおり、自分への愛を保ちながらひとを嫌悪することはできません。

 

自己嫌悪を侮ってはいけません。

「部分的になら残しておいても良い」という甘いものでもありません。

それはあなたの信念、ほんの芥子粒ほどのあなたの信念が加われば、大勢のひとが苦しむ大災害さえ引き起こす強大な力となります。

忘れないでください。あなたは神の子を再び十字架にかけることもできてしまう力を持っているのです。

 

幻想は幻想と見抜かれた瞬間、形を保つことが出来なくなり、自然に消え去ります。

自己嫌悪のコアになっている被害者意識の材料となっているものもすべて同じです。しかし、ひとによってはそれらは長年連れ添ったものであるがゆえに、幻想性を見抜くというのがとても難しく感じるかもしれません。

 

もともと不安定な存在である幻想に、限りなくリアルに感じられるほどの実在性(生命)を与えることすらできてしまうあなたは、それをかんたんに解除する力をもともと持っているのですが、忘れてしまっているようです。

それを思い出す助けになるのは“時間の幻想の解除”です。あなたの最も強力で抗いようのない衝動である愛に従うことです。

 

あらゆるひとは無邪気で純粋無垢な子どものようなものです。誰しもその時の自分に考え得る最善の選択をしています。

そうでない世界を見ているのであれば、あなたはまだ、とてもシンプルに狂った論理を柱とする数多くのものの存在を、その強大な力(意識や言葉)でサポートしています。
※あなたが「自分にはひとつのことしかできない」と考えているのであればそれはこの事実によって瞬時に否定されます。

1本のパスタスティックで支えられて立っている巨大なビルを想像してください。パスタスティックにビルを支える強度があるというのは狂った考えですが、あなたの魔法にかかればそれは限りなくリアルに実在してしまいます。あなたの力とはそのようなものです。

 

まず、自分が自然に愛を感じられるものを見てください。次に、少し視野を広げて同じ愛を保ったままでいられるか試してください。

 

例えば子どもがいるひとなら、自分の子どもを愛するように、子どもの友達に愛情を感じられるか?

もし感じられるなら、次は道ですれ違う子どもに同じ愛情を感じられるか?

もし感じられるなら、“かつて子どもであった”ひとたちには?

 

このようにして、愛の範囲を試しながら広げていきます。

正解はありませんし、自分の子どもにしか愛を感じられなかったから落第ということもありません。これは愛のレッスンですが、もともと在るあなたの財宝を掘り出していく発掘作業のようなものですから、とても心地良いものになるでしょう。

そしてこのプロセスは不可逆的です。この範囲が広がる分だけ、あなたは拡大(延長)されていきます。安心してください、あなたは“もともとそういう性質のもの”であるがゆえに、あなたには常に追い風が吹いており、常にあなたの手は優しく引かれています。

 

世界の平和を願うなら、自分への否定的な価値判断をとめてください。

そして、あなたの本体であり、あらゆる法則の束縛を一切受けない唯一のワイルドカードである愛になってください。

新たにインストールした不自然な考えに慣れているあなたは、「そんなことで世界の平和が?」と思うかもしれませんが、愛の膨張力はあなたの理解を超えています。

 

世界はあなたからの祝福を今か今かと待ち焦がれています。

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