【またかよ】不安にとらわれてモヤッた私と神との対話「奇跡を受け入れなさい」

まーたモヤりました(-_-;)(でも今回はそれが始まる瞬間をはっきりと知覚できました※知覚できたけど「お?これ行くんか?行くんか?」って見ているうちに結構モヤっていました……)モヤモヤしはじめてすぐ、声が語りかけてきてくれました。

 

あなたはこれほどにまで立て続けに起こった“奇跡”を見てもまだそれを信じず、不安や恐れが見せる心地よくない分離の幻を信じるのか?

あなたが立て続けに見た夢、あなたが無数にある音楽の中から偶然選び出した曲の歌詞、SNSでのこと、あなたの外観に起こった変化、わたしとの対話とその結果(他にも数えればきりがないくらいあるが)……、それらが起こった確率を考えてみれば、あなたはどう懐疑的にみてもまさに今奇跡の真っ只中にいるし、それらはすべて次なる奇跡の露骨すぎるくらいにあからさまな予兆である。そして、奇跡の糸で織り成されるものは奇跡である。ここで分離の幻想に信念を置くことは、ここまで完璧に織り成されていた奇跡の織物にはさみを入れるようなものである。もちろん、それは悪いことではないし、あなたがまだ役目を終えた体験の繰り返しを望むのであれば好きなだけそうすればいいが、結果が同じなら楽な道を選択してもいいのではないだろうか?

あなたは世界の頂点から逃れられない。多くのメッセンジャーやマスターが、これを「スポットライト」や「主役」と喩えたが、それらはまだ回避や辞退の余地をその意味の中に残す。あなたはわたしから延長された頂点である。世界はあなたを頂点として展開されている。これまでもそうだったしこれからもそうである。だから、あなたが奇跡を拒否すれば、世界は奇跡を失う。(かつてこのことを完璧に見抜いたマスターがいた。彼はこれを「ついて来なさい、私が道である」と表現した。彼は傲慢だったのではなく、事実を語ったまでである)

あなたが世界に奇跡をもたらしたいのなら、まずはあなたが“たしかに”奇跡を受け入れることだ。それ以外で奇跡がもたらされることはないし、これにはわたしや聖霊の干渉は意味をなさない。あなたの“招待”があって初めてわたしたちはあなたを通じて奇跡を行うことができる。(これには「あなたを物理的に動かして」というのも含まれるが、あなたはそれ以上である)これまでもそうだったし、これからもそうだ。現にあなたが抵抗を放棄した“だけ”で、これほどにまで奇跡は頻発した。まるでそれを待ち焦がれていたかのように。

 

うー。やってしまいました。

途中、「やばい」って思って聖霊に丸投げしたらちょっと楽になりましたけど、ほんと嫌な夢にリアリティを与えてしまいました。

でも……、こうして誰かに見てもらえるかたちで文章にしている以上、わかりやすくポイントをつかまえながら、分析的に言葉にしたいと思っているのですが、あなたの言葉を聞いただけで、それが“なぜ”そのような効果を発揮したのかわからないままに、私はビジョンを取り戻しています。神さま容赦なくなってきましたね(笑)

 

わたしはもともと容赦しないよ(笑)愛に出力調整のバーがないことはあなたもよく知っているだろう?(夢日記をつけていたら受けた注意と神との対話「次は思考を見張りなさい」)それだけ、あなたが多くを受け取れるようになったということだよ。長年連れ添った夫婦は「一を聞いて十を知る」ようなコミュニケーションができる。それと同じように、あなたがそれだけわたしに信頼を置き、心を許してくれているということだ。(うれしいね!)

 

神さまと「長年連れ添った夫婦みたい」ってなんかすごいうれしいですね!照れます。

あ、そういえば昨日、臨死体験のときに見たあの光の中から世界に光を配りまくる夢を見ました。そんな素敵な夢を見といて今日のこれかよ……って感じもしないでもないですが、めちゃ素敵な夢でした。

 

ああ、わたしが見ている光景だね。

 

えっ?……あー、そういうことか。たしかにあの光はあなたから出ていましたもんね。私が手から出していたものじゃない。(「分離の幻想に信念を置くな」とアドバイスされましたので、もう変な解析はしませんよ!)

 

同じことだよ。

あなたは次なる段階に進む一歩を踏み出す直前、必ず迷う。今回の件もそれだ。あの時もそうだっただろう?あと一歩であなたは肉体を捨ててわたしに帰るところだったのに、あなたは踏み止まった。でも、あなたのおもしろいところは、その一歩を踏み出すことを迷いなく決断した上で、踏み出す前提で迷って“みる”ところだ。というか、実は迷った時既にあなたは次の段階に足を踏み入れているのだよ。あなたはそこから少し振り返って迷っている。その迷いはどれほどリアルに感じられても、真実のレベルではまったくの空想なので、すぐに晴れてしまう。だからあなたはあの日から、半分この世の者ではない感覚が離れないのだ。

 

そういうことだったんですね。

神さま、なんだか今日はもう満たされちゃってお腹いっぱいです。このへんで。

私は奇跡を信じますし、受け入れます。

 

よしよし(笑)

関連記事

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

広告




PAGE TOP