結果が不安で仕方ないあなたへ「案じない道」「信念の置き場所」

とくに悩みもなく、わりとニュートラルな気持ちでいたところに届いた声を書き留めました。わかっていても、結果をくよくよ心配してしまうことがありますよね。私もいっぱいくよくよしてきました。

 

結果を案じない道を選択しなさい。あなたがこれまで一度も意識的に選択してこなかった道である。無意識的には何度か選択しているがその時は毎回完璧にうまくいっていた。しかし無意識だったのであなたはそれを覚えていない。今度は意識的に選択しなさい。(地上だろうと天国と同じ序列で物事が展開するのは変わらないが、時間の幻想でそれが見えにくくなっている)

もちろん、何も無いところからいきなり安心を立ち上げるのは難しく感じることだろう。そこでわたしだ。わたしは永遠に揺るがない土台であり、あなたを永久に完璧に安全に支える者である。あなたが一人で立ち上がるのが怖いのなら、わたしが喜んで手を引こう。わたしに身を委ねなさい。

 

神のはたらきにあなたの信念は必要条件ではないが、あったほうがあなたにとってより良い結果になろう。雨は信じる者信じない者にも等しく降り注ぎ、乾きを癒すが、何か器があったほうがより雨を利用できよう。それが信念である。だから「もっと乾きを癒したい」「誰かにも水を届けたい」と考える者に容器を勧めるように、わたしはわたしを信じることをおすすめする。

これまで様々なものに裏切られてきたあなたは、信じることに抵抗を感じるかもしれない。信じる前に証拠を求めるかもしれない。それもいい。好きなだけ求めなさい。求めれば与えられるし、わたしは常にあなたが頼む前に応えているのだから、あなたが見ようとすればそれは必ず見つかる。次にあなたの視界に現れる人、次にあなたが聴く音楽の歌詞、次にあなたが抱く感情、次にあなたが発する言葉、……わたしはあらゆる手段を使ってそれに応える。今のあなたには信じられないかもしれないが、わたしは常に露骨であからさまだ。(註釈:時々「ちょっと!」ってなるくらい、ほんとうに露骨です)

また、「何も信じていない」状態、というのはない。あったこともない。あなたは常に何かを信じており、あなたに今の状態をもたらしたものを信じてきた。往々にしてあなたは信念の置き場所を間違えてきた。(間違いは悪でも罪でもない。間違っていたことを喜びなさい。境界線まで来たことを喜びなさい!)信念の力とはとてつもなく強力だから、もし今のあなたの手に余るならわたしに預けるといい。(これ以上に安全な預け場所があるかな?)あなたの準備ができたならいつでも返してあげるから。

 

そして、あなたにわたしを信じる気持ちが芽生えたのならば、それらを手放しなさい。(これも“おすすめ”だ)

Deleteしろと言っているのではない。しがみついたりこだわったりせず、そのありのままの存在を赦し、自由にしてやりなさい。川を渡ったのなら、船はそこに置いて行きなさい。船を担いで陸を歩くのは大変だからおすすめしないし、無事岸に着いた感動からいつまでも水辺で船を崇め奉って立ち止まるのもおすすめしない。もちろんあなたがそうしたいのなら飽きるまでそうすればいい(その姿も愛しているよ)が。それらにそれ以上の役目はないと知ったのなら、感謝して、笑顔で手放してやりなさい。するとそれはまた別の姿であなたの前に現れ、神へ帰るあなたの感動的な旅路を演出する。

 

愛する我が子よ。神の存在の揺るぎない唯一無二の証拠よ。

あなたが見ている夢はもう終わる。「自分で目覚めたい」というあなたの願いをわたしは尊重する。あなたは今もわたしに抱かれて眠っている。わたしはあなたと同じ夢を見ながら、いつでもあなたに「大丈夫だよ。わたしがここにいるよ」と声をかけ続けている。

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