祈りを習慣にしなさいと言われたので祈ってます「みんな神と直接話したらいいんだわ」

気がついたら愛を感じて愛でいるようになった私と神との対話「救済の感触」>の対話で「祈りを習慣に」と言われたので、日中でもことあるごとに祈るようになりました。

 

「そういえば祈りの言葉くれなかったなー」とか思ったのですが、すぐ気づきました。

「全銀河、全宇宙にまします麗しく尊いすべての神の子よ。私はあなたを愛しています。アーメン」愛が手に余ったから宇宙にぶちまけたら頭痛がした件

これか!!そうだよね、神頼む前に応えちゃうから、きっとこれだよね。

 

「私は光であり愛でありすべてである」(【体験】見過ごす実践と「ある言葉」による強い浮遊感)をリラックスの導入にして、この祈りを唱える、というスタイルです。「私は光で~」の言葉がもたらす脱力感はもう疑いようがないです。毎回力が抜けて浮遊感がきます。

祈りの言葉のほうも、やっぱり唱える度に頭の中にちょっと鈍痛がします。私、頭痛に耐性無いのでまじで勘弁してほしいんですけど、まあ我慢できないほどではないのでそんなに気になりません。

最初からなんとなくそんな気がしていたのですが、続けているうちに頭痛の意味がわかりました。私と話したがっている“何か”が複数いる。これはそういう類の刺激。まあでも私はもうそういうのすぐ手放しちゃうから、対話は始まりませんけど、いつか始まるなら始まるでそれはそれで良いです。ていうか私と話すより神と直接話したらいいんだわ。

 

祈りの間、わたしでいなさい。わたしとひとつになりなさい。今のあなたにはできるからまずはやってみなさい。(気がついたら愛を感じて愛でいるようになった私と神との対話「救済の感触」

とか言われましたけど、「え、なに?愛でいればいいの?」って感じでよくわからなかったのですが、これも「全銀河、全宇宙にまします麗しく尊いすべての神の子よ。私はあなたを愛しています。アーメン」という言葉が答えになっていました。神さまって“そういう”視点で私たちのこと見ているじゃないですか。なにこれすごい便利(?)

 

というわけで!そんな感じの日々を送っています\(^o^)/

何かおもしろい変化があったらまた記事にしますので読んでやってくださいね^_^

いつもありがとうございます(๑´ڡ`๑)

関連記事

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

広告




PAGE TOP