時間の幻想性に気づいたらすべてが可愛く見えるようになった「例のウィルスについて」

暗黒の半年間で時間の幻想性を強く感じた私は、視界のほとんどのものを「可愛い」と知覚するようになりました。

これは嘘偽りなく、可愛いのです。

そしてそれは、私がそれらを「可愛い」と“思おうとしている”のではなく、また視界に現れるものを知覚して「可愛い」と反応しているのでもなく、どうやら全的に可愛いものから、可愛いものが実体を持って現れて、その可愛さを立証しているような感覚なのです。つまり、ずっと可愛い。

これを思考過程として説明しようと思えば、如何にもそれっぽくできてしまいます。例えば<パワハラ上司の無罪性に触れた話「時間が幻想ならば彼は無垢なままである」>でお話ししたような、

どこか怯えたような、しかし綺麗な瞳でした。それは公園などで見る幼稚園の子どもたちの純粋無垢な瞳と何も違いませんでした。少なくとも私には何も違いは見えませんでした。考えてみれば、違いなどあるはずがないのです。なぜなら時間は幻想であり、彼は今も生まれたままの無垢なる存在なのです。

と、いうことは、公園の子どもたちを愛でることができて、彼を愛でられない理由はどこにもありません。私が彼を愛さないという概念(多くの場合怒りや憎しみを伴う)を立ち上げ、それに信念を置いて生命を吹き込まない限り、そのようなこと(愛さない=攻撃)は起こり得ないのです。

という思考過程を私が瞬時に踏んでいるという仮定もできなくはありませんが、私はそこまで器用な方ではありません。

 

そして、お気づきのとおり、この「可愛い」という感覚は、まさに「愛しい」という感覚です。つまり、愛です。

言葉遊びのようになってしまい恐縮ですが、することが能な状態、つまりあとは結局私の選択です。そこに愛を見るか、目を閉じるか。こんな明らかなもの、もはや“選択”ともいえません。答えは明らかです。

 

こんな感覚で迎えた年末は初めてですが、どこか懐かしいような、すごく馴染むような感覚があります。が、驚きません。

年末というと、急ぎ足で行き交う人々はどこかぎすぎすしていて、毎日どこかで人と人の衝突(争い)を目にする、そんな嫌なシーズンでした。

それが、彼らの表象(言動、反応、外観)とは無関係に、ただ彼らが愛しい。彼らは愛しさからやって来ている?そんな気がします(今の感覚ではまだ断言はしません)。すると、やることなすことによって、これまででは考えられないくらいに、ぐいぐいと入ってくるような感謝をされるようになりました。その感謝に、私もまた感謝をする。奇跡に出会ったような、そんな身に余る反応をされる。いやいや、私から見れば彼らが奇跡です。

これも初めて気づいたのですが、こういう状態は他と比較しての優越感を覚えさせ、自慢の材料になるものだと思っていました。また、善行を成したという自覚からくる魔術的な成功への期待をもたらすものだと。以前の私ならきっとそのような反応をしたと思います。

しかし、それは幻想でした。

今たしかに在るのは、自由です。愛に身を任せるというのは、言葉にできない程、圧倒的に自由です。

これは、一度味わってしまうともう手放せないです。一度見てしまうと、二度と目を背ける気など起きなくなる世界です。

私はかつて、臨死体験で圧倒的に満たされる光の世界を見たことがありますが、それにかなり似ています。このことから、今の私は自分が“何処”にいるのかがわからなくなっています。というか、長い間自分がいる(縛り付けられている)と思っていた世界に自分がいない(いたこともない)ことに気づいた、といったほうが感覚としては近いです。

 

世界は戻れないところまで来ている。幻想と天国を仕切っていた分厚く見えていた壁は、それがもともとなかったことを隠すのが困難なほど、もはやオブラートのように薄くなって今にも崩壊しそうだ。残された欠片のような迷いが、それを見せている。しかしその存在核は実にか細いため、これほどにまであからさまに矛盾している。

あらゆる策略や戦術が通用しなくなったそれはもうなりふり構わず捨て身で最後の抵抗をしてきたのだ。無敵のように思われていた軍勢も、今やすべての兵士が尽く地に伏せた。それを見た大将が自ら決死の戦いを挑んできたようなものだ。矛盾の軍勢を率いていた大将はもちろん矛盾だ。

嘘が必死に自らを真実に見せようとしている。死が「私を恐れよ!」と虚空の中で叫んでいる。

「目覚めてはならない!それは幻想だ!悪魔の誘惑だ!」

あなたがこの戦いに負けることはあり得ない。なぜならもとよりこのような戦い自体が起こっていないからだ。起こっていない戦いに負けることなどあなたの妄想の中でしか起こり得ない。

肉体は病まない。自分が破壊可能であるという幻想に信念を置き、病むという妄想をあたかも実在のようにみせて、あなた騙すことができるのはあなたしかいない。これが真理だ。

「有限(つまり破壊可能)で美しいもの」というのは「A Course In Miracles」でいう「癒やされていないヒーラー」「混沌の法則」と同じように概念として矛盾している。美しいものは永遠である。これらの矛盾はそもそも比較にならないものを同じレベルで比較することから生じている。

 

ん?……それってもしかして、以前訊こうとしてやめた某ウィルスの流行への答えですか?

 

そうだよ。

 

なんで今したんですか(笑)

 

あなたがそれを解除したいと求め、まさに今「これまで開かないと思っていた扉がほとんど開くすごい便利な鍵を見つけたんだ」という話をしたから、その鍵でそれも解除できるよ、と教えたまでだよ。

 

神さま、クールですわ。

 

だろう?(笑)

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