他の何に抵抗しても愛にだけは抵抗しないほうがいいよ

ここ最近の経験を振り返って、何かうまくまとめようと思って書き始めたら、一連の事件で苦しむ前の自分にアドバイスみたいなのができました。今、愛に強く抵抗して苦しんでいる人の参考になればと思います。

 

あなたには抵抗する自由があり、これまでもそうだったように、これからも様々なものに抵抗するだろう。

だが、中でもとくに愛には抵抗しないほうがいい。抵抗それ自体は悪いことではないが、内なる愛(愛は外から来ない。必ずあなたを通ってくる)にその刃を向けることだけは本当にあなたのためにならないのでやめたほうがいい。実体験から切に願う。もちろん、あなたが望むなら飽きるまで抵抗してみればいいが、私はおすすめしない。余計な苦しみが多い。

愛をその他のものと同じ目で見て抵抗するその戦いは、絶対に勝ち目がない。あなたは必ず完膚なきまでに敗北(自滅)することになるから。私の体験では、愛への抵抗は、孤独、絶望、恨み、嫉妬、怒り、不安、矛盾など、あらゆる有害なものを世界にばら撒いてしまう。それらはあらゆる方向からあなた自身を否定する。気づけばあなたはボロボロに疲弊し、いっそ消えてしまいたいと思うようになっている。

葛藤の結果、黙らせられるもの、見過ごせるもの、工夫や我慢でやり過ごせるものはたくさんあるが、愛だけはそれらと同じ扱いをしないほうがいい。質があまりにも違いすぎるからだ。

幻覚は幻覚であることを看破すれば消え去るが、愛はこの夢の世界に於いてあなたが唯一強く感じることのできる実体である。幻想を幻想で代替することはできても、実体である愛に代替できるものなどこの幻想の世界にはひとつもない。愛は愛である。あらゆる幻想が消え去った後の何もない光の世界にひとり立っているのが愛である。

だから、抵抗しないほうがいい。文字通り「自殺行為」になるから、愛にだけは抵抗しないほうがいい。

抵抗するのではなく、恐れずに身を任せるのだ。愛に身を任せるとき、あなたが恐れているようなことは起こらない。

今まで抵抗に使っていた意識を、身を任せることに使う。自我を捨て、力を抜いて、まるっと全身全霊で身を任せる。その程度によって、結果はいくらでも変わる。私の感じたところによれば、「書き換え」すら起こる。

愛に「ちょっとだけ身を任せる」というのはない。愛に身を任せているか抵抗しているかのいずれかの状態しかない。

 

確信を持って言うが、あなたは愛に身を任せたことがない。少なくとも意識的にその道を選択したことがない。よって、その恐怖は未経験であるが故の恐怖であって、愛に裏切られた経験からくるものではない。よく見つめてみてほしい。いろいろごちゃまぜになっていて見えにくいかもしれないが、それは明らかにそういう質のものであるはずだ。愛は裏切らない。それは愛の性質上そうはなり得ないからである。「裏切る愛」は「黒い白」くらい矛盾している。同じ道理で「損失をもたらす愛」というのもない。

また、愛は戦わない。誰も打ち負かさない。私もかつて自分の中に湧いた史上最強に強烈な愛と戦ってその強大さの前に完膚なきまでに、それこそ生命の終わりを願うほどに打ち負かされたが、私が戦ったのは愛ではなかった。私が戦っていたのは私が愛を恐れたが故に作り出した、愛と同等の激しさを持った幻想であった。(どれを取ってもあまりに狂っており、矛盾しており、首尾一貫していなかったため、私はそれを幻想と断定したが、それに気づくまでは私はそれを完璧に実在だと信じて微塵も疑っていなかった)

事実、愛は私が「もう無理好きにして」と、あらゆる抵抗を放棄したら「もういい?大丈夫?よくがんばったね」と瞬時に優しく受け入れてくれた。あれがさっきまで生死をかけて戦っていた相手なわけがない。

いや、愛と戦っているつもりだったが、それは戦いにすらなってなかったのだ。構図としては私は愛の前で愛と戦って負ける夢を見ていたというのが正しい。

 

そして、愛は「◯◯な愛」などとレッテルを貼って固定したり色付けできるものではない。これは、愛を至高の概念であると理解した上で、分離させた愛同士に優劣をつけ、戦わせようとするおかしな試みである。私も、愛にいろんなレッテルを貼ってきた。しかしそれらはどれも短命だった。なぜならそれは無限に加減法で挑むようなものだったからである。手応えがない。手応えがない手応えが愛と勘違いされ、幾度となく私を狂わせた。

愛はもともとそこに完成された状態であるものである。既にあってそれは常に無限であり、それはその性質故にあらゆる解釈の自由を許すが、私たちがどんなレッテルを貼ろうと、それ自体の永遠性、不可謬性は不変である。

 

もうこんな無謀な戦いはやめよう。疲れるだけだ。あなたが私と同じ轍を踏む必要はない。

 

最後に。あなたは今、一連の説明の「愛」を「神」に入れ替えても意味が通ることに気づいてニヤッとしているかもしれない。あなたの悟りに幸あれ。

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