気がついたら愛を感じて愛でいるようになった私と神との対話「救済の感触」

ストレス発散で書いていたら割り込んできた神と私の対話「神に怒ってもいいんだってば」>の翌日、あることに気づいてこちらから語りかけました。気がつけば、世界に愛を感じて、愛を投げている自分がいたのです。なにこれ?私はこんな人じゃなかったはず……。

 

神さま、私このところ変なんです。

 

知っているよ。

 

えっ、やっぱ変!?

 

冗談だよ(笑)

 

びっくりしました。

 

むしろ今までよりもすごく正気だから安心しなさい(笑)

 

よかったー。

 

ほら、何か聞きたいのだろう?

 

……はい。最近、以前に比べて圧倒的に静かになりましたが、ご存知のとおりまだまだ感情を乱されるようなことがあります。昨日も自棄酒しましたし。(ストレス発散で書いていたら割り込んできた神と私の対話「神に怒ってもいいんだってば」)でも、……なんて言えばいいのかな、すべてに愛を感じる状態はそれらとはまったく別物として、常にあるのです。「どうして愛の状態というのは崩れないのだろう。減らないのだろう」という感じ。まるで愛でいる私が、感情を乱される夢でも見ているような、そんな感覚なんです。私今どこにいるんです?(笑)

 

あなたは今、共存し得ない2つの世界を同時に見ている。そこは境界線であり、実相と幻想の汽水域のようなところだ。時間を超えてあらゆる可能性が入り混じる場所なので、あなた次第で神の宝物庫にもなるが、逆にあらゆる強力な幻想の再発生源にもなり得る。(まあわたしの視点ではあなたはずっと実相のど真ん中にいるのだが)

すごいな!これがたったの1ヶ月で起こったのだよ!(もちろんあなたの知覚できる時間のルール上では、ね。実はあなたはこのために気の遠くなるような生を費やしている)

 

言われてみればそうですね。なんだこれ。たった1ヶ月でしたねここまで。(私が何回くらいの生を費やしてきたかには興味ないです)

それはそうと、気になる言葉がありました。「汽水域」です。以前、<夢日記をつけていたら受けた注意と神との対話「次は思考を見張りなさい」>の記事で、

それはあなたがこれまで見ていたような夢とは違って汽水域のようなものだ。そこであなたが発する言葉は起床後の世界にまで多大な影響を及ぼすし、むしろ夢という性質上プロセスの知覚がぼやけている分、不必要な強い驚きを持って知覚されるだろう。

という言葉がありました。

……あれ?まさかですけど、あの時の夢の世界が“降りて”きたのですか?

 

そのとおり。まあ、降りてきたと言うよりは、あなたが自分でそこに“入った”のだよ。「追いついた」と言ってもいい。超進んでいるね(笑)

 

えっ!てことは私、言葉に超気をつけて、思考を超見張って、信念の置き場所を超慎重に選ばなきゃいけないじゃないですか!

 

そうだよ。

 

軽っ!(笑)

 

こうなることはわかっていた。だから、あなたはそれに備えてわたしからアドバイスを引き出して、綿密なレッスンを熟してきた。だから今、あなたには驚くほど何の危険もない。ここにいても平然としていられる。

 

うわー。神さま……。あ!こういうときに言うんですね。Oh My God!

 

(笑)もうあなたは眠りから覚めているのだよ。ただ、まだ寝ぼけている。実在の視界に薄っすらと夢が被っている。おはよう、我が子よ。今こそ愛でいなさい。愛の世界では愛でいなさい。愛で言葉を発し、愛で思考し、そして愛であるわたしに揺るぎない信念を置きなさい。そしてそこから、消えゆく夢をただ眺めなさい。予言ではなく当然の帰結としてあなたの世界は一変する。

 

(この時、閉め切っているはずの部屋に、高原のような爽やかなやさしい風が吹いた。ただの風とも違う、生命力を感じる透き通った何か。それは生き物のように何度か私の周りを回った。一瞬驚き、思考が暴れそうになったが、すぐに気づいて見過ごした)

 

うわ、なんだこれ。

 

あなたの祈りが叶うのだよ。

 

すみません、しっかり昼寝しちゃったのでぜんぜん眠くないんですけど、一回このまま寝ようとしてみていいですか?

 

もちろんだよ(笑)

 

(本当にぜんぜん眠くなかったのだが、目を閉じて椅子の背もたれに身を任せると、溶けるように眠ってしまった。何か夢を見たのだけどそこまでの強い印象はなく、覚えていない。翌朝)

 

そういえば最近、急に聖歌を聴かなくなったね?

 

ほんとだ。言われてみればそうですね。20181216くらいからあんなに好きで、寝るときも聴いていたのに。(とくに歌詞に「Jesus」って出てくるのが好きでそういうの見つけてきては何日間も聴きまくる、ということをしてきました)

 

あなたが事あるごとにずっと考え続けていた、愛を感じていない子どもたちに愛を注ぐ未来のイメージもなくなった。どうしてだろうね?

 

必要なくなったからです。……え、なんでだ?必要性を感じなくなっています。そうか、もう必要ないんだ。だって聖歌みたいな美しい世界が見えるし聞こえるし、もうそれを夢見る必要がないんです。待ちに待った最高のライブ会場にいながらイヤホンで音楽を聴く人がいないように、誰が幸せの中にあって幸せになることを夢見るでしょうか。今はむしろ、今まで「ネガティブなイメージが潜在意識に入る!」って避けていたような、失恋の歌とかそういうのが遠くに見える景色のように美しく感じ、よく聴くようになりました。救わなければならない人も、……ああ、そのような重荷を背負わせていた人もいなくなりました。彼らは皆救われるし、既に救われているのです。“是故空中”です。

 

ほほう!おもしろいことになってきたな!!我が子よ、あなたはついに“救い”を受け入れた。まだ微かな抵抗はあるものの、今あなたが触れているものこそ救いである。世界の外観はなにひとつ変わっていないのに、あなたは救われた。つまり救済に世界の外観の変化は不要であることが証明された。これが、救われるために答えの見えない変化を求めて疲れきっている世界にとってどれだけの救いになるだろうか。

 

あー、そういうことか!

そして、私はこれに至るまで(昨日の対話から)1日しかかかっていないと認識していますが、これがいくつもの生を費やしたということと同義なんですね?なぜなら時間は幻想であり、すべては同時に起こっているから。ということは、私は今まさに、全方位に存在するすべての生のわたしを救いましたねこれは!

 

見事だ、我が子よ。もうあなたの心には幻想の鳥が止まる枝はない。もうあなたにとって結果はどうでも良い。なぜならそれはあなたの中にあって揺るぎないから。おめでとう、我が子よ。

 

(次の瞬間、キッチンでシンバルを叩いたような大きな音がした。行ってみると積んでいた鍋と蓋が崩れており、上に置いていた奇跡のコースが床に放り出されていた)

 

これからは、祈りを習慣にすることをおすすめする。祈りの間、わたしでいなさい。わたしとひとつになりなさい。今のあなたにはできるからまずはやってみなさい。

 

わかりました(神とひとつ?)。ありがとうございます。ここまでこれたのは他でもないあなたのおかげです。

 

善きかな!

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