明日刀一本で2000人の軍隊に特攻するって時に読みたい松陰先生の名言

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男にはやらなければならない時というのがある。明日めちゃ大事なプレゼンがある、という人もいれば、明日刀一本で2000人の軍隊に特攻を仕掛けなければいけない人もいるだろう。武運を祈らずにはいられない。ここでは、そんな「やらなければいけない」時に是非とも読みたい吉田松陰の名言を紹介したい。

あなた奮い立たせるかもしれない松陰先生の名言(主観タップリの現代語訳と解説付き)

死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし

――死んで何か大事が成し遂げられそうなら死ぬ気で行け。もし長生きしてそれが出来そうなら長生きしろ。

これは「男にとって死に時っていつなんスかね?」と聞いてきた弟子の高杉晋作への松陰先生のアンサー。この言葉はその後の高杉晋作の行動を強く支配することになる。これを知った上で、高杉晋作の伝記なんて読めば「ああなるほど」ってなること間違いナシ。

 

自ら顧みてなおくんば、千万人ともいえども我行かん

――自分でよ~く考えた上で、正しいと思ったことなら私は一千万人に反対されようとそれを貫く。

なおくんは友達のニックネームではない。まさに吉田松陰の人生をそのまま表しているような言葉。ブログの炎上なんて気にしている場合じゃないぜ!

 

かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂

――こうすれば、こうなっちゃうってわかってても、やっちゃうの。だって大和魂だもん。

この言葉、めちゃカッコいい。私男だけど抱いて!ってなる。語呂もめちゃいい。後々の研究で、松陰先生の考え方はかのスティーブ・ジョブズによく似ていることがわかっている。いや逆か。スティーブ・ジョブズの考え方が松陰先生に似ているのだ。

 

士たるものの貴ぶところは、徳であって才ではなく、行動であって学識ではない

――武士たるもの、才能よりは徳を、そして学識よりも行動を大切にするべきである。

要は、礼儀礼節、義理人情を大切にして、つべこべ抜かさんとちゃっちゃと行動せい!と言っているのだと思う。今も昔もうわべだけで全然行動しない輩ってのはいるんだな。うん、すごく耳が痛い。

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悔いるよりも、今日直ちに決意して、仕事を始め技術をためすべきである。何も着手に年齢の早い晩いは問題にならない

――後悔しているヒマがあったら行動しろ!「もうトシだから……」はあ?そんなの関係無いから!

消される覚悟で言わせてもらうと、日本人には“三十路スイッチ”とでもいうべき洗脳がかけられているそうな。「30歳でニート。夢の実現もちょっと難しそう。仕方ない、どこでもいいから就職するか……」「30歳で結婚してないとかヤバい。もう誰でもいいから結婚しよう」「30歳で車を持ってないとかヤバい。ローン組んででも買おう」など、30歳になった途端に発動して、モチベーションをへし折り企業に従順な……おっと誰か来たようだ。

 

死生は度外に置くべし。世人がどう是非を論じようと、迷う必要は無い

――生き死にとか考えるな。周りの意見とかどうでもいい。迷うな!

人間、というか生物の行動を一番抑制しているのは死への恐怖。死なんて意識しない現代の日本みたいなとこで暮らしていても、遺伝子にはちゃんと刻まれているんだ。“マイナス思考”の根っこもそこに紐づいているという。

賞誉されて忠孝に励む人は珍しくない。責罰されてもなお忠孝を尽す人物こそ、真の忠臣孝子である。武士たるものが覚悟すべきこと、実にこの一点にある

――褒められてヘコヘコついてくるヤツはたくさんいるが、めっちゃ怒られてもついてくるヤツこそ真のサムライである。

生きているといろいろある。どこぞやのbookみたいに「いいね!いいね!」ばっかしでは、楽しいかもしれないけど絶対に人は伸びない。厳しいことをあえて言ってくれる人こそ、実は本当に自分の人生の為になる人だったりする。

 

小生、獄に坐しても首を刎ねられても天地に恥じ申さねばそれにてよろしく候

――たとえ牢獄で処刑されても、天地に恥じなければ俺はそれでええっちゅーの。

他人の目ばかりを気にして生きるってすごいハイレベルな生き方だなーって思う。ある脳機能学者曰く、他人はこちらが思うほどこちらのことを気にしていないそうだ。視界にすら入っていないらしい。全然話は変わるけど、三波春夫さんの名言「お客様は神様です」って、今クレーマーの伝家の宝刀みたいに使われてるけど、あれ本当は「神様の前にいるような真摯な気持ちで芸に臨みたい」という意味だそうだ。

 

諸君、狂いたまえ

――……。

これは短いけどスゴイ深い言葉だと思う。とかく現代人は常識だとかなんだとかにガチガチに縛られている。その中でガツンと頭角を現し、若くして成功しているような人は、やはりどこかブッ飛んでいる。彼らは自分の信じるまま、思い描いた理想に向かってしゃかりきコロンブスしているだけだが、その姿は我々多くの凡人の目には、常識さえも超越した狂人のようにすら見えるのではないだろうか?