天国言葉を再開するに至った経緯

この記事を読むのに必要な時間は約 10 分です。

ある事件がきっかけで、狂ったように天国言葉を唱え始めた僕。その経緯について記録の意味でも詳しく話したいと思います。

あたし、ぶりっ子やめます。

どうやら僕にはぶりっ子癖があるようだ。

気づいたらなっている。

もう30過ぎ。もし僕がおじさんジュースなら、パッケージにみずみずしい生のおじさんの画像を使ってもいいくらいにおじさん濃度は高まっているといえる。

 

なのに気がつけばぶりっ子してるとかヤバいだろ。ええ?

 

ただ、僕の素敵なところは、

「あ、もしかしてぶりっ子しちゃってたかも……」

と、自分で気付けるところ。

 

きっと神様か何かが、この鼻毛みたいな小さな生命が、黒歴史の強烈なショックに悶絶して、足をバタつかせた衝撃で飛び出したベッドのスプリングに刺さって死なないように付けておいてくれた防衛システムなのだろう。

ただ、往々にして気付いたときには既にわりと深刻な事態にまで発展しかけていることが多いのは困りものだ。

 

そんなわけで、せっかくこうしてブログを読んで下さっている方のために、もうちょっと自分をさらけ出そうと思ったのであった。

 

全裸

とまではいかないまでも、半裸、いやせめてパンチラ、チ○チラくらいは日常的にできる、そんな人でありたい。
※比喩です。

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天国言葉を再開した経緯

人が天国言葉を唱えようと思うのはどういう時だろうか。

それは往々にして、何か逆境に置かれた時ではないだろうか?

僕もそうだった。

 

ちょっと長いが、振り返る意味でも語っていく。

マジでガチの我慢の限界

ある日のこと。

もうかれこれ1年以上プロバイオティクスのサプリメントを毎日飲み、テンションのもととなるセロトニンの生産拠点である腸のケアを怠らなかったこの僕でも、3日間ぶっ通しでモヤモヤしてしまうような事件が起こってしまった。

 

※ただ、はっきりと立ち直るまで「お、お、何だコレ?」「こんなん久しぶりやなあオイ!」と、モヤモヤする自分の後ろから興味津々で様子を窺っていたもう一人の自分がいたことは、日々の腸内環境のケアの賜物だと思う。セロトニンは心をタフに、ユニークにする。

 

詳細を書いてしまうとモロに身バレしてしまうので伏せますけど、その事件は人によってもたらされた青天の霹靂でした。※断言するが、僕は(ちょっとしか)悪くないです。

 

しかも、どうやらそれは僕の、あったことも忘れていたようなトラウマにぴったりマッチするタイプの事件だったようで、なかなかのダメージを感じた。

「ああ、火属性のモンスターが水をぶっかけられるのってこういう気持ちなんだな」

とか思った。

 

これが、どうやら僕のこれまでの生涯を通算しての“我慢の限界”だったようで、マジのガチで、“何か”が違った。

「もお~無理っ!アタシ我慢の限界っ!!」

とか、そういう言葉にできちゃうような表面的でファッショナブルなやつではなく。

 

個人的にはそれはまだまだ“限界”には遠いと思う。

ガチの我慢の限界は言葉にならなかった。

 

強いて表現するなら、

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

という轟音とともに、自分を中心に全部が動く感じ。

そう、全部くる。

 

そして、その状況をもたらした犯人への怨みや怒りが、地獄をも焼き尽くさん豪炎となって飛び出し

……はしなかった。

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怒りがリミットブレイク!犯人はお前だ!!

別に犯人への怒りもない。

不思議なくらいにない。

どうやら人間は、マジギレするとそういう小さい感情とかすっ飛ばして怒るようだ。

 

ただ、僕はひたすら

「は?なにこれ!?」

と心の中で叫んでいた。

 

「は?なにこれ!?おい!!!」

――の後に続く対象者といえばもうあの人しかいない。

 

「神様」

である。

 

僕はとにかく天に対してめちゃくちゃ怒っていた。

「社長を出せ!」っていうタイプのクレーマーと同じですね。

 

しかし、まあ冷静に考えて僕がどれだけガチギレしていようと、戦って勝てる相手ではない。

そもそも戦い方を知らない。

襲撃しようにも住所を知らない。

 

僕は早い段階で怒りの矛先を変えた。

天とか神様とかそういう全知全能っぽいものの次に、僕の世界にダイレクトな影響力を持っている存在に気付いたのだ。

 

それは僕だった。

 

少なくとも、本件に至る原因(因果的な意味で)を作ったのは僕だ。

相手側にも本件に至った原因というのもあるのかもしれないが、そんな相手の口から説明してもらわないとわからないようなものは知らん!!

説明してもらうのもめんどくさいし、ハイリスク・ローリターンすぎる。

 

そしてわかったところでどうしようもない。

もはやぶっちぎり大炎上している僕には、そんなの何の癒やしにもならない。焼け石にシルバニアファミリーすてきなおうちのグラスの水、である。

 

僕が作った原因。

それが何だったかなどそういうのはもはやどうでもよかった。

とりあえずこの宇宙の因果法則すべてに僕の怒りは爆発した。

 

「もうこんな思いをするのは二度と御免だ!!」

「こんな思いをしなくていい未来があるのなら、そのためにどんなことでもやってやる!」

この時、僕史上初めて僕の全身全霊がひとつの思いで一体となったような気がした。

 

天国言葉を再開する前に、まずここから不思議な事が始まる。

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小さな奇跡のはじまり

事件から3日経っても、僕はモヤモヤしていた。

 

僕の中では、先の怒りから生まれた、これまで感じたことがないくらいの強いエネルギーが爆発しているのに、モヤモヤは依然としてそこにあった。

どうやら人間の悩みとは、爆発で吹っ飛ばすor強引にフタをするような力づくの解決はできないようだ。

勉強になった。

 

とりあえず、散歩に出た僕は、途中神社の前を通った。

その時に、ちょっと歩を緩めて

「神様、先日はどうもありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

と心の中で唱えてみた。

 

もちろん強がり100%です。

嫌味ともいう。

 

神様的なものって、人の心とかバリバリ見透かせるのだろうから、きっと神様も

「うわ~、鳥居の前になんかヤバいやつおるわぁ……」

とか思ったと思う。

 

 

その後、テキトーに周辺を散歩して、帰りに本屋に寄った。

 

すると、ある本にギュゥゥゥン!!と意識が集中するのを感じた。

広い本屋に並ぶ、数ある本の中で、なぜかその一冊に。

 

パラパラとめくると、

「神様」

「宇宙の法則」

「潜在意識」

とかソッチ系の単語がたくさん目に入った。

 

「おう、なんかタイムリーやんけ!」

20代の頃から、潜在意識についての本は好きでたくさん読んできたが、こういう神様がどうのとか出てくる本は宗教臭がして敬遠していた。

にもかかわらず、この時はこれがまさに求めている本のように直感して、僕は内容もよく見ないまま即買いして帰ったのだった。

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は?「ありがとう」と「愛してます」をしこたま唱えろだと?

帰ってから読んでみると、その本の中に

「『ありがとう』と『愛してます』を5万回唱えれば奇跡が起こる」

みたいなことが書いてあった。

 

これまで、潜在意識系の本をわりとたくさん読んできた僕は、拍子抜けした。

「イメージとかアファメーションちゃうんかい」

学生時代から、勉強にしろ部活にしろ、基礎練習をバカにしてナメてかかるというとんでもない傾向のあった僕は、この

「『ありがとう』と『愛してます』を5万回唱える」

にも当然反発を覚えた。

 

でも、

「ほなお前、持ち前のセンザイイシキの知識でなんとかしてみーや!」

と言われたら僕は黙るしかないわけで……。

「潜在意識の本しこたま読みましたっ(キリッ)」とか言っても、こうして突発的な事件で3日もモヤっている時点で、読んできた本の知識を血肉にできていないということ。

「現状の幸せを守れない潜在意識の知識ってナンボのもの?」

悔しいけれど、そういうこと。

僕はちょっぴり素直になった。

 

 

 

それに、僕はそうコミットした。

結果にコミットした以上、確実にブゥーッチブゥーッチしてペーペーペッペー♪をしなければならない、というストイックなメンタリティとは程遠い、これまで何千何万というコミットメントを破ってきた僕だけど、この時は少し違った。

 

「いいかげんにしろよコノヤロー」

「神様だろうが俺様だろうがかまわん!何でもやって本件の責任者に一泡吹かせてやる!!」

こうして抽象度高めのモンスタークレーマーが誕生したのでした。

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「ありがとう」「愛してます」以上のもん500万回唱えちゃる

あまのじゃくな僕は、本の教えのとおりにやるのをなんだか敗北のように感じた。

でも、これまでたくさん仕入れてきたはずの潜在意識の知識がまるで消化できていなかったという反省から、おかしなオリジナリティを利かせるのはマズいな、というのはなんとなく直感した。

 

そこで、

「ありがとう」

「愛してます」

を含みながら、さらに

「ツイてる」

「うれしい」

「楽しい」

「感謝してます」

「幸せ」

「許します」

という言葉がセットになった天国言葉を思い出す。

 

「思い出す」と言ったのは、僕は以前にこの天国言葉に精神的にヤバいところを助けてもらったことがあるからだ。

↓こんな偉そうな記事まで書いちゃってまあ

 

とりあえずなんかよろしげな効果がある呪文みたいなもんだと“知っては”いた。

 

でも、例えばしばらく続いている下痢に悩まされている人が、それこそ乳酸菌のサプリを摂って劇的に良くなったとしても、

「じゃあずっと続けようか」

とはならないじゃないですか。

 

下痢になるのにもいろいろ複合的な要因があるのと同じように、下痢が治ったことにもいろいろな要因が考えられる。サプリはそのきっかけに過ぎないかもしれない。

明日治るっていうタイミングでたまたまサプリを摂っただけかもしれない。

「うん、まあもう治ったんだしどーでもいいやっ☆」

ってなるでしょう?

 

そして、再度下痢の腹痛に悩まされた時に、戸棚に仕舞ったままになっている乳酸菌のサプリのことを強く思い出すというオチ。

 

 

――「これなら『ありがとう』『愛してます』を唱えるより時間はかかるやろうけど効果は上がるやろ」

そんな、みんなでジョギングするのに僕はもっと自分を追い込むのにダンベル持って走ります的な発想で、僕は天国言葉を、もうあんな思いをすることは生涯無いだろうと確信できる現実が訪れた手応えを感じるまで、無限に唱えることを決意したのだった。

回りくどいので簡単に言うと、神様が僕が納得のいく現実をもたらしてくれるまで死ぬまで唱えまくるぞコラ、ということだ。

 

そんな経緯から、僕は天国言葉を

  • 仕事の合間(仕事中でもイケるときは唱える)
  • 何かネガティブな言葉や感情が浮かんだ時
  • 寝る前
  • 朝起きてすぐ

……のタイミングで、

主に心の中でめっちゃ早口で唱える
※声に出せそうな時は出す

と、決めたのであった。

  • 何かネガティブな言葉や感情が浮かんだ時
  • 寝る前
  • 朝起きてすぐ

にタイミングを設定したのは、まさにこれまで役に立っていなかった潜在意識についての知識からだった。オリジナリティではないと信じている。

 

・何かネガティブな言葉や感情が浮かんだ時

ネガティブな言葉とか感情に心を侵食されると、どうやらますますネガティブになっちゃう出来事が起こるらしいということは、なんとなく経験から知っていた。

それに、そもそもそういうのを心に留めておくのって単純に気分が悪いので、湧いてきた時点で力でねじ伏せるようにして押し殺してしまおうと思ったからだ。

 

・寝る前、朝起きてすぐ

このタイミングは、普段あれこれ考えている意識、すなわち顕在意識の活動が鈍い。

瞑想の達人ではない僕たちでも、無意識に直接アプローチができるホットタイムだとどっかの本で読んだ。

 

この時間にネガティブな感情を持ったり、ネガティブな言葉を吐くのは、人知を超えた大いなるパワーの源に

「僕を不幸にしてくださいッ!」

とお願いしているようなものらしい。

ならば逆にポジティブな感情……でいられるかはとりあえず置いておくとして、ネガティブマインドを意識的に封じ込め、ポジティブな言葉を吐けば、幸せなことが起こるということではないか?

そうでないと不公平だ!

よっしゃいっちょやったるか!!

……と思ったからである。

 

この日から僕は、隙をみては天国言葉を唱えるようになった。

ぶっちゃけまだまだ半信半疑だったが、そんなの関係ねえ!!

「量は質を凌駕する」

というのを信じることにしたのだった。

 

……まさかこの数日後にあんなことになろうとは、この時はまだ知る由もない。

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